AYA ENGEI

Ranunculus Breeder

復活 SHU's News

ラックスができるまで - その2

日本でラナンキュラスの切り花が売れない時代がありました。いわゆる経済バブルの頃です。
その頃私は何をしていたかというと神奈川県で兄と鉢物生産をしていました。シクラメン、プリムラ、
カーネーションなど、今では考えられないほどの値段で大量に売れました。ラナンキュラスの鉢花もよく売れていました。日本中が拡大ムードの中にありました。
現在、立派な施設を持った花園芸農家はこの頃に基礎を築いているところばかりだと思います。
切り花も何でもよく売れていたと思います。
その中で「ラナンキュラスの切り花が昔に比べて売れないのは何故だ」と父が悩んでいても、私には全く関係のないことでした。 (父がラナンキュラスに魅せられて花の世界に入ったこともその時は知らなかったので)  しかしその後、バブルの勢いもあって宮崎に新しい農場をつくり、父の最後の望みであるラナンキュラス切り花の改良を私も一緒にすることになったのです。自分で切り花を作ってみて売れない理由がすぐにわかりました。 それは花だけ見ていては分からない茎の問題と生産性でした。
バブルの大量生産時代に急速に切り花の規格化が進み、遠距離輸送もあって、短い・曲がる・水切れで折れやすい茎のラナンキュラスはいくら綺麗でも使いにくい花になっていたのです。 また生産者にとってはもっと早生で豊産でないとコストに見合わなくなっていたのです。

それらの欠点をなくすことのみに集中してできたのが、「早生・豊産・茎が素直で固い」がキャッチフレーズの「エムシリーズ」です。
(写真左 エムチェリー  
エムシリーズは25品種以上ありました。)

写真が園芸雑誌にも載って、一段落した感じでした。切り花のラナンキュラスをしばらくは全力で考えなくていいと思いました。(数年間の育種の経費を捻出するためもあって、いつの間にかいろいろな鉢物を生産することになって忙しかったこともあります。)
ちょうどそんな折、神奈川県から綾町にやって来てくださったのが、父とは花の仕事で深い関係がある
(私の結婚式では主賓)大学の大先輩です。 「やっと何とか形になりました。」と話す父と私に対して、
思いもよらない言葉が返ってきました。 「できれば、ラナンキュラスもバラやカーネーションのように
スプレー咲きになるといい。ぜひスプレー咲きのラナンを作ってください。」スプレー咲きとは一本から
複数の花が枝咲きになる咲き方です。今の花序からは不可能に近いと思われました。
「いやー、それはかなり難しい。」 「難しいかもしれないけれど作ってください。」 その時はそんな雑談で終わりましたが、大先輩の話す手ぶりまでよく覚えています。 大先輩は早くにガンで亡くなられました。ラックスへのコメントを聞きたかったです。


2019/4/19 更新

以前の記事

  • 2019/04/18
    ラックスができるまで - その1
  •