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ラックスができるまで - その7

2000年3月、カリフォルニアに行く機会がありました。サカタのタネの三浦高明さんにお世話になり、一晩は翌日の早朝フライトのため、三浦さんの自宅に泊めてもらいました。 若く美しい奥様がいらして印象的によく覚えています。奥様の手料理もいただいたと思います。ありがとうございました。
サカタのタネの農場を半分ほど見せてもらい(半分は関係者以外には絶対見せない)それから近くの生産農家などを案内してもらいました。 その生産農家では多品目の鉢物や苗物をつくっていました。ラナンキュラスはないなと思っているとの1個の台車に満開の鉢が押し込められているのを見つけました。 丈が伸びて花びらも散っているので「これはもうロス(廃棄)ですね?」と聞くと「いや、これから市場に持って行くところだ。」「今が一番きれいだろ!、一番きれいな時に出荷するんだ!」と当然だろうという感じで作業員はバラバラと花をまき散らしながら台車を押していきました。お行儀よく無駄がない花でなくていいんだとショックを受けました。 カリフォルニアの一番の目的はカールスバッドというところにあるラナンキュラスのフラワーフィールドに行くことでした。東京ドーム5個分くらいの敷地に800万球の球根養成圃場があり、観光農園として公開していました。 気候の適した場所柄で12月から4月まで花見ができるようになっています。飛行機から見てもきれいと言われましたが、実際近くで海を背景に広がるラナンキュラスの花畑は絶景でした。こんな景色は日本では無理だなと諦めながらながめました。 しかし、こんな気候の適したところでも球根が病気で腐ることもあるし苦労があるようで、「やっぱり苦労があるんだな!」と少し安心?!しました。 カリフォルニアではもう1人、羽毛田智明氏に世話になり案内してもらいました。タキイの農場も一部は見せてもらいましたが大半は見られず(サカタの農場と同様)、車で町に出てどこかレストランの駐車場に停めたときのことです。隣の車がドアを開けた時に勢い余ってコツンと彼の車に当たったので彼は怖い顔で何か言って抗議していました。 すっかりアメリカ人になっていて毅然とした彼の態度に私はびっくりしました。彼が羨ましく尊敬しきりとなりました。 海外でも自力で何とかすればいいんだと思いました。
その後、ラナンキュラスの原種を求めて、地中海の島や草原を1人で歩き回るようになるとは自分でも想像しませんでした。

The Flower Fields を参考にして作ってみた綾園芸のラナンフィールド  2002年春(現在はありません)

2019/12/3更新

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